浜松市南区頭陀寺町に「頭陀寺第一公園」があります。
ここは古くから、戦国時代の武将松下氏の館跡と伝わってきました。
2001年と2015年に行われた発掘調査で、礎石建物や庭園の池、屋敷を囲む土塁や堀などが確認され、伝承どおり、戦国時代の居館が、そのまま地中に埋もれていることが明らかになりました。
また建物周囲の土が赤く焼けていたことなどから、今川氏に反攻した松下氏の攻防で、建物が炎上したという史実も確認されました。
公園の一角に記念碑がたっています。
松下氏の始祖は「高長」で、三河国碧海郡松下郷(愛知県豊田市)に住んで松下を名乗り、その孫「国長」の時に、嫡男「国綱」と二男「連長」の二つの流れに分かれたとされます。
嫡男「国綱」の子孫が「松下嘉兵衛之綱」です。
松下之綱(ゆきつな)と言えば、少年時代の豊臣秀吉の非凡さを見抜いて拾い上げ、「太閤秀吉生みの親」として名を残しています。
また二男「連長」の子孫が「松下源太郎清景」です。
井伊直政の母(ドラマの中では「しの」)は、松下清景と再婚し、のち虎松はその養子となりました。
松下虎松と名を変えることにより、今川氏の追手から身を守り、また長じては徳川家康への謁見もかないました。
ちなみに、松下源太郎清景の弟が「常慶」です。
この弟が後に家康と虎松(直政)をつなぐ重要な役割をしました。
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