2021.09.22 Wednesday
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2007.08.22 Wednesday
風林火山ゆかりの地・後記
一泊二日の諏訪旅行でしたが、思っていたより沢山のゆかりの地をめぐることができました。 また逆に、せっかく白樺湖まで足を伸ばしたのに、信玄ゆかりの「御座石」や、その帰り道の「お茶清水」が見つけられなくて、徒労に終わってしまったという失敗談もありました。 まあそれは、いつの日にかのお楽しみに残しておきましょう。
帰り道、駒ヶ根SAで見つけた「由布姫そば」 そばとうなぎの取り合わせは、絶妙でした。
お土産は「由布姫」のお酒と「信玄の里」のワイン。
次回は10月頃、川中島を攻略したいと思ってます・・が・・予定は未定です。 それまで、しばしお休みを頂きます(笑)FC2ブログランキング参加中! 投票にご協力ください⇒FC2 Blog Rankingクリックお願いします。
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2007.08.20 Monday
風林火山ゆかりの地・風林火山館
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2007.08.18 Saturday
風林火山ゆかりの地・棒道
小淵沢I.Cを下りて、北杜市にある「風林火山館」に向かっている途中に「信玄棒道」の案内標識が目に入った。 車を止めてみると、今走っている「八ヶ岳公園道路」の下を横切るように、細い山道が続いている。
棒道とは、信玄が北信濃攻略のために開いたといわれる軍用道路で、八ヶ岳の麓を棒のように真っすぐ抜けていることから、そう呼ばれたそうである。 なるほど、真っすぐである。 信玄も勘助も、この道を何度も通って戦に行ったのであろう。 当時の姿にしばし思いを馳せながら、棒道を後にして風林火山館に向かった。FC2ブログランキング参加中! 投票にご協力ください⇒FC2 Blog Rankingクリックお願いします。
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2007.08.16 Thursday
風林火山ゆかりの地・諏訪大社下社(春宮・秋宮)
諏訪大社上社から諏訪湖を挟んで対岸に下社がある。 その下社には(春宮)と(秋宮)があり、車で5分くらいの距離にある。
両方の写真を撮って見比べてみたが、大変良く似ている。 間違い探しクイズで遊べそう・・・(笑)
春宮
秋宮
信玄は、軍神として諏訪社を厚く信仰し、たびたび戦勝祈願や武運長久の祈祷を依頼したと云う。 また戦場では諏訪法性兜を身に付け、諏訪明神旗を本陣に立てた。 その「諏訪法性兜」が赤彦記念館に展示されていると聞いて見に行ったのですが、残念ながら写真撮影禁止でした。FC2ブログランキング参加中! 投票にご協力ください⇒FC2 Blog Rankingクリックお願いします。
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2007.08.14 Tuesday
風林火山ゆかりの地・小坂観音院
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2007.08.12 Sunday
風林火山ゆかりの地・高島城
諏訪市街地に入ると、きれいなお城が見えてくる。
高島城は豊臣秀吉の時代に築城され、のち徳川家康の時代になって、高島藩主として復興された諏訪氏の居城となる。 かつては諏訪湖が城際まで迫っていたことから別名「諏訪の浮城」とも呼ばれていたという。 廃藩置県により、明治の初めに天守閣が撤去されたが、昭和45年に再建された。
風林火山の時代の高島城は、現在地より北東にある茶臼山にあった。 井上靖の「風林火山」の原作では、この城で由布姫が生い育ったとされている。 また甲斐から戻されてここで三泊した後、「古い思い出が、由布姫の心を傷つけてはいけない」という配慮から、小坂観音院へ移されるストーリーになっている。
現在の天守閣より見る茶臼山FC2ブログランキング参加中! 投票にご協力ください⇒FC2 Blog Rankingクリックお願いします。
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2007.08.10 Friday
風林火山ゆかりの地・頼重院
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2007.08.08 Wednesday
風林火山ゆかりの地・桑原城跡
上原城を後にして国道20号線に戻り、西に少し行くと「四賀」の信号がある。 それを山手の方に折れると、すぐに「桑原城」と書いた看板が目に入ってくる。
大河ドラマでは、信玄に攻められた頼重が、本拠である上原城から支城の桑原城へと逃れ、そこで捕らえられるストーリーになっている。 落城の中で、由布姫が「死ぬのはイヤ。生きてこの世を見てみたい」と泣き叫んでいる。
山道をどんどん車で登っていく途中で、パラパラと雨が降り出した。 頼重の無念の涙か・・なんて興に入っていたら、とうとう本降りの雨になってきた。
桑原城登り口に着いた頃には車から降りる事もできず、車内から写真だけを撮る事に。 城跡には主郭、二の郭、空堀などが残っていて、歩道も整備されているそうであるが、残念ながらここで引き返した。FC2ブログランキング参加中! 投票にご協力ください⇒FC2 Blog Rankingクリックお願いします。
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2007.08.04 Saturday
風林火山ゆかりの地・諏訪大社上社(前宮・本宮)
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2007.08.02 Thursday
風林火山ゆかりの地・由布姫の墓
高遠城址から車で2〜3分。 カーナビが「目的地付近に到着したので音声案内を終了します」と言って勝手に終了するけれど、はて・・建福寺はどこにあるんだろう? よく分からないまま細い急な上り坂を登っていくと、いきなり目の前に由布姫のお墓が現れた。 どうやら私はお寺の正面から入らず、直接お墓に来たようです。
「由布姫」という名前は、井上靖が「風林火山」を由布院で執筆したので、そこからとられた名前だと聞いた事がある。 あくまで小説の中の名前で、実のところは分からないのが史実である。 ただ、十歳の勝頼を残して夭折し、法名は「乾福寺殿」、勝頼が高遠城主だった時にこの地で十七回忌を執り行われた事は確かであるという。 このお寺は、今は「建福寺」と書くが、慶長以前は「乾福寺」だったそうである。 由布姫がここに葬られたかどうかは定かではないが、勝頼が母のため建立したお墓である事は確かなようである。FC2ブログランキング参加中! 投票にご協力ください⇒FC2 Blog Rankingクリックお願いします。
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