大河ドラマ「いだてん」「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」の舞台を訪ねて 

大河ドラマゆかりの地の史跡、番組の感想、関連番組を紹介しています。
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福禅寺・対潮楼
 

福禅寺・対潮楼

 

さて、渡船場を出て「福禅寺」はどこかとマップで調べていたら、目の前にそびえていた大きな石垣のお寺がそれでした。


 

そもそも「いろは丸事件とは」・・

「海援隊」として新たなスタートをきった龍馬は、大州藩から15日間・500両で「いろは丸」を借り受け、慶応3(1867)419日、初仕事として船に乗り込みました。

荷物を満載した「いろは丸」は長崎を出航し、大阪めざして一路、瀬戸内海を進みます。

しかし423日午後11時頃、岡山県・六島付近で紀州藩の「明光丸」と衝突。

「いろは丸」の損傷が激しいため、龍馬をはじめ乗組員たちは「明光丸」に乗り移り、「いろは丸」を曳航しますが、午前4時頃、宇和島の近くでついに沈没します。

 

鞆の浦に上陸した龍馬は、事故の責任を巡って紀州藩に談判を行います

その舞台のひとつが福禅寺です。

 

細い路地の階段を上がって行くと入口があります。


 

大変素晴らしい景色が見られるというので、胸が高鳴ります。


 

福禅寺の客殿・対潮楼からの眺めです。

すばらしい〜〜〜〜



瀬戸内海の景色をそのまま額縁に入れた・・まさに「絵」です。

朝鮮通信史たちが賞賛するのはモットモです。

 


朝鮮通信使がこの景色を賞賛して残した書の扁額です。


これもまた、朝鮮通信使が「対潮楼」と命名して書いた書の扁額です。


あっ!平成いろは丸が行きます。

 

龍馬も見たであろうこの景色。

でも、紀州藩との交渉で頭がいっぱいだから、景色どころではなかったかもね。

 

次は、対潮楼の向こう側にそびえている「圓福寺・夾明楼」です。

               by merry

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| 広島 | 14:46 | comments(2) | - |- pookmark↑PAGE TOP
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コメント
素晴らしい景色が続きますね!
額縁の絵そのものです。
先週の龍馬伝をまだ見ていないので
merryさんの記事で、いろは丸事件について
予習ができました。
今夜にでも録画を見ます!
| しずか | 2010/10/19 2:07 PM |
しずかさん、こんにちわ。

龍馬伝のドラマの中での談判の舞台は鞆の浦でなくて長崎でした。
残念・・
紀行では、瀬戸内海の景色が写ってましたが。

でも今年の龍馬伝の影響で、鞆の浦も経済効果があったようで、それは良かったでしょうね。
| merry | 2010/10/21 10:17 AM |
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