大河ドラマ「麒麟がくる」「いだてん」「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」の舞台を訪ねて 

大河ドラマゆかりの地の史跡、番組の感想、関連番組を紹介しています。
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< July 2020 >>
商品紹介
更新履歴
記録之分類
過去之記録
最近之評論
記録之輪
友達之輪
作者紹介
余他
無料ブログ作成サービス JUGEM
<< 土岐高山城跡を訪ねて(1)穴弘法 | main | 斎藤道三の菩提寺・常在寺 >>
土岐高山城を訪ねて(2)土岐高山城 三の曲輪

JUGEMテーマ:大河ドラマ

 

穴弘法から山道を上り、土岐高山城跡に到着。

IMG_1376 高山城跡

「高山」といっても、飛騨高山ではなく、土岐市にある高山城です。

IMG_1375 高山城跡

土岐市の一族・高山伊賀守の居城であった高山城。

戦国時代には、平井頼母が城主となり、織田信長、武田信玄、勝頼との領土争いの境界線上にあり、激戦が繰り広げられました。

当時は、三つの曲輪によって成り立っていたとされています。

三の曲輪跡
IMG_1392 高山城跡

ここからの眺め
IMG_1390 高山城跡

IMG_1391 高山城跡

IMG_1393 高山城跡

立地 高山城は土岐川の氾濫原を見下ろす標高183mの細い丘陵地に立地しています。麓からの比高差はおよそ57mで、通称サバといわれる砂岩層の断崖状に築かれています。 

構造 現在は水道貯水池が築かれており、当時の構造を知ることはできませんが、三つの曲輪によって構成されていたといわれ、北端や南端に曲輪の名残を留めています。

歴史  高山城の築城については諸説があり判然としませんが、高山伊賀守光俊、平井宮内小輔光行らが城主であったと伝えられています。 
 天正2年(1574)光行の子平井頼母光村が城主の時、甲斐の武田勝頼の東美濃攻めによって攻略され、その後、慶長5年(1600)関ヶ原の戦いの際に、東軍妻木勢によって攻められ落城したといわれています。

 


お城・史跡 ブログランキングへ

応援のクリックお願いします。m(__)m

| 岐阜 | 10:48 | comments(0) | - |- pookmark↑PAGE TOP
スポンサーサイト
| - | 10:48 | - | - |- pookmark↑PAGE TOP
コメント
コメントする