大河ドラマ「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」の舞台を訪ねて 

大河ドラマゆかりの地の史跡、番組の感想、関連番組を紹介しています。今年は「西郷どん」」を応援します!
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>
商品紹介
更新履歴
記録之分類
過去之記録
最近之評論
記録之輪
友達之輪
作者紹介
余他
無料ブログ作成サービス JUGEM
<< 西郷一回目の島流し | main | 西郷どん 沖永良部島(新選組続き) >>
西郷どん、二回目の島流し(新選組)

JUGEMテーマ:大河ドラマ

7月8日の大河は、特別編でこれから出てくる坂本龍馬、勝海舟、岩倉朋美、桂小五郎について語る番組でした。そして、西郷どんが革命家に変わってゆき、江戸城を無血開城します。どんなふうに4人とからみ江戸幕府を倒してゆくのか楽しみです。

 

大河ドラマでは、西郷どんの2回目の島流しを6月24日「地の果てにて」(徳之島から沖永良部部島)、7月1日「生かされた命」(沖永良部島での生活、生麦事件)で放送しています。

 

1862年8月 2回目は、島津久光への命令違反で罪人として徳之島に送られそのあと、沖永良部島に流されました。徳之島についたとき、奄美大島に流されたときに結婚していた愛加奈が子供を連れて会いにきました。再開を喜ぶ間もなく、沖永良部島に連れていかれます。
 

1864年2月西郷どんが鹿児島に戻ります。


 

1859年に一度目の島流しで奄美大島に約3年、鹿児島に帰るも40日で2回目の島流しで徳之島から沖永良部島の流され約2年間の滞在で、西郷どん、33歳〜38歳の間に起きた出来事でした。



 
西郷どんが島流しされている間の1863年2月浪士組が入京して、京都の治安維持のために活動していました。1864年6月に起きた池田屋騒動で尊王攘夷派約20名を襲撃して名をあげ、新選組を名のりました。

 
新選組結成の地

1863(文久3)年、将軍;家茂の上洛警護のために集められた浪士たち約200名は、上京して壬生村の八木邸、旧前川邸を屯所として、「壬生浪士組」が結成されました。

 

4




八木邸
Img_8019

Img_8022

 

Photo


新選組発祥の地(クリック拡大)
8

 

八木家玄関
Img_8009


芹沢鴨が惨殺された部屋
Img_8010cc


(クリック拡大)
8_2

所在地:京都市中京区壬生梛ノ宮町24
 

新選組旗


 
新選組隊長 近藤勇





京都鶴屋鶴寿庵
八木家は、昔からの由緒ある家で、京都守護職とも関係があって、そんなことから浪士組を受け入れたようです。今は、お菓子屋さんを経営しておられるようです。

Img_8020


入場料を払うとお茶とお菓子がついてきます。
Img_8015

 



旧前川邸(八木邸東隣りに在ります)
こちらにも新選組隊士が住んでいました。
Img_8055


現在、住んでおられる方がいますので、中へは入れません。
Img_8023







 

 

| 京都 | 02:38 | comments(2) | - |- pookmark↑PAGE TOP
スポンサーサイト
| - | 02:38 | - | - |- pookmark↑PAGE TOP
コメント
島流しに遭った吉之助が薩摩に戻り、京での情勢も変化を増す。いよいよ時代が動き出しますね。
新たなキャストが導入され、益々「西郷どん」から目が離せなくなります。
しかし、二度も島流しにしておきながら、都合の良い時に吉之助を薩摩に呼び戻すといった薩摩藩の考えが理解できません(..;)。二度目の島流しでの廊は酷すぎましたね。
| しずか | 2018/07/13 6:50 AM |
西郷どん役の鈴木亮平さん、役に合わせてどんどん貫禄が出てきたと思いませんか?
体重もかなり増えたのでは?

ただ、沖永良部島でやせ細った西郷どんを演じるにはちょっと無理があったような・・(笑)

役柄により、体重をコントロールするのは、大変ですね。
| めりい | 2018/07/16 10:41 AM |
コメントする