大河ドラマ「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」の舞台を訪ねて 

大河ドラマゆかりの地の史跡、番組の感想、関連番組を紹介しています。今年は「西郷どん」」を応援します!
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昊天和尚ゆかりの「龍潭寺」〜彦根市

JUGEMテーマ:大河ドラマ

 

 

清凉寺の隣に「龍潭寺」があります。

 

 

 

彦根の龍潭寺は、井伊直政が佐和山城主となったのを機に、井伊谷の龍潭寺5世・昊天崇建(こうてんそうけん)を迎えて創建された、臨済宗妙心寺派の名刹です。

 

 

元和3年(1617)諸堂が完成すると、龍潭寺は近江随一の禅刹となり、近郊に十余りの末寺を有する巨大な寺院へと発展しました。

 

また全国有数の禅宗大学寮として、多くの修行僧をかかえました。

 

 

特に「園頭科(おんずか)」は日本の造園専門学の発祥とされ、ここで多く僧侶たちが造園を学び、全国の禅寺庭園を手掛けたと言われています。

 

昊天和尚も造園に深い知識や技術をもっていたようで、龍潭寺には昊天和尚の作庭と伝わるお庭が残っています。

 

方丈南庭「ふだらくの庭」

 

 

右側にある「栂」は、昊天和尚お手植えの木と伝わります。

 

 

奥の書院にある「鶴亀蓬莱庭園」 

昊天和尚と小堀遠州の合作と伝わります。

 

 

 

龍潭寺の中に昊天和尚の木像があったのですが、残念ながら写真撮影禁止。

なかなか端正で威厳のあるお顔でした。

 

 

 

 

さて彦根藩には、芭蕉の高弟であり、狩野派の画人でもあった森川許六という武士がいました。

方丈の襖絵56枚は森川許六の筆によるもので、彦根市指定文化財となっています。

 

獅子の間

 

鶴の間

 

 

 

 

 

また龍潭寺は佐和山の麓にあることから、佐和山城ゆかりの物も残されています。

 

石田三成の佐和山御殿で使われていたと伝わる板戸。

桃山時代のものです。

 

 

佐和山城にあった陣鐘を、昊天和尚が彦根藩3代目「井伊直孝」より拝領したという「龍潭晩鐘」

 

 

そして境内には「石田三成公像」や「石田三成群霊供養」もありました。

 

 

 

 

 

ところで、佐和山への登山道途中の墓地に、新野左馬之助親矩のお墓があります。

 

 

江戸時代後期に新野家は井伊直弼の兄親良によって再興され、親矩のお墓が建立されたという事です。

 

 

 

 

 

 


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| 滋賀 | 20:14 | comments(2) | - |- pookmark↑PAGE TOP
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コメント
彦根龍潭寺の庭も見事ですね。
こちらも何度か見学していますが、その度に見る視点が異なるので
撮影した画像も違うものにスポットを当てています。
石田三成、井伊家、昊天と何でもありですね!
| しずか | 2017/12/28 10:13 AM |
しずかさん。
私も今までは、龍潭寺は石田三成ゆかりのお寺と思っていましたが、今年は「昊天さん」にスポットが当たっていますね。
歴史あるお寺は、いろんな切り口で見ると面白いことがよく分かりました。
| めりい | 2017/12/28 12:51 PM |
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