大河ドラマ「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」の舞台を訪ねて 

大河ドラマゆかりの地の史跡、番組の感想、関連番組を紹介しています。今年は「西郷どん」」を応援します!
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竜雲寺(1)寿桂尼の菩提寺

JUGEMテーマ:大河ドラマ

 

先日、静岡の竜雲寺に行って来ました。

 

 

竜雲寺は、大河ドラマで浅丘ルリ子さん演じる寿桂尼の菩提寺です。

今川氏真が当主になっていた頃、終の棲家といたのが龍雲寺です。

 

 

JR静岡駅からバス北街道線・瀬名新田行き他15分、沓谷3丁目下車、歩くこと数分です。

 

 

竜雲寺本堂の前には、没後四百年記念に建立された寿桂尼が使用した「歸」(とつぐ)の印判を刻んだ石碑が建っています。
「歸」は、寿桂尼が氏親に嫁いできた時、父親の中御門宣胤が印判に彫って授けたものといわれています。

 

 

印判は、その後、領国支配の発給文書に使われており、寿桂尼の権力を象徴したそうです。

寿桂尼は、今川氏親の正室。藤原北家、勧修寺流の中御門家(公家)の出自。父は権大納言中御門宣胤。兄に中御門宣秀、姉は山科言綱の正室。子に今川氏輝、今川義元、瑞渓院(北条氏康室)など。夫・氏親の死後剃髪して瑞光院寿桂尼となり、大方殿と称された。氏親、氏輝、義元、氏真の四代に渡って今川氏の政務を補佐し「尼御台」と呼ばれた。
家督を継いだ実子・義元が永禄3年(1560年)に桶狭間の戦いで織田信長に破れて戦死し、孫の今川氏真が当主となった後も政治に関わっている。
今川氏没落の最中の永禄11年(1568年)、義元が亡くなった8年後に死去。婚姻の年齢から推測すると70 - 80歳代だったと思われる。「死しても今川の守護たらん」という彼女の希望により、今川館の東北、鬼門の方角にあたる竜雲寺に埋葬された。
寿桂尼の死後、今川氏と武田氏の外交関係は手切となり、同年12月には武田氏による今川領国への侵攻が開始された(駿河侵攻)。氏真は駿河を捨て遠江に落ち延びるも翌年に徳川家康に降伏し、戦国大名としての今川氏は滅びた。(Wikipediaより)

 

 

 

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| 静岡 | 07:00 | comments(4) | - |- pookmark↑PAGE TOP
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コメント
最後の写真はなに?!
| シネマ大好き娘 | 2017/07/24 5:11 AM |
シネマ姉さん、本堂の前にある天水鉢です!
| しずか | 2017/07/24 7:22 AM |
寿桂尼の死後に武田氏による今川領国への侵攻が開始されたという事が、寿桂尼の力の大きさを物語っていますね。
公家の出でありながらも、たくましく戦国時代を乗り切った女性って、憧れます。
いつか大河ドラマの主人公にしたい人ですね。

| めりい | 2017/07/27 7:57 PM |
めりいさん、言われてみればそうですね。
今まで大河の主人公にならなかったのが不思議です。
これはいつか取り上げて欲しいですね。
| しずか | 2017/07/28 7:49 AM |
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