大河ドラマ「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」の舞台を訪ねて 

大河ドラマゆかりの地の史跡、番組の感想、関連番組を紹介しています。今年は「西郷どん」」を応援します!
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< July 2018 >>
商品紹介
更新履歴
記録之分類
過去之記録
最近之評論
記録之輪
友達之輪
作者紹介
余他
無料ブログ作成サービス JUGEM
<< おんな城主直虎史跡巡り特別編 家康の浜松城と引間城 | main | 大沢家の菩提寺・宿蘆寺 >>
堀江城跡

JUGEMテーマ:大河ドラマ

 

堀江城は、鎌倉時代、藤原氏の血を引く大沢基久が築城したと伝えられています。

戦国時代も大沢氏が城主を務めますが、今川氏の勢力下に入ります。

大沢基胤の時、徳川家康に攻められ、堀江の人々が浜名湖の地形を利用し、激しく応戦しましたが、永禄12年(1569)、堀川城を落城を見て、和睦する形で降伏しました。

多くの戦死者を出した堀江城とその属城である堀川城には、南谿和尚と出家した直虎が後に法要に訪れたと伝えられています。

基胤の子、大沢基宿は、1,550石を与えられ旗本になり、慶長8年(1603年)に高家となり幕末まで続きました。

大沢 基胤(おおさわ もとたね、大永6年(1526年) - 慶長10年6月28日(1605年8月12日)は戦国時代の武将。大沢治部基相の長男。大沢兵部基宿の父。官位は左衛門佐。
浜名湖の東岸に位置する堀江城を有し、今川氏に従っていた。
永禄11年末(1568年)、徳川家康による遠江侵攻を受けるが、居城堀江城への攻撃は後回しにされていたようである。だが、それも束の間の事で、曳馬城を攻め落とし、引き続き掛川城を攻めたてる家康は軍の一部を割いて、永禄12年3月12日(1569年4月8日)、基胤の属将が守る堀川城を一日で攻め落とした。
同25日(4月21日)には井伊谷衆(近藤石見守康用と登之助秀用親子、鈴木三郎大夫重時と、その婿菅沼次郎右衛門忠久)に命じて引き続き、基胤の堀江城を攻撃させた。渡辺図書高綱、菅沼定盈を正、副の目付けとした堀江城攻撃軍に対し、基胤は中安兵部、権太織部泰長らを率いて、数度に渡り徳川勢に逆襲をかけるなど頑強な抵抗を示し続けた。そのため、攻城軍は鈴木重時を始めとする多大な犠牲を払いながら、陥落させられずにいた。
今川氏真が逃れて来ていた掛川城への攻撃に専念したい家康は、いっこうに朗報の入らない堀江城の戦況に業を煮やすと、渡辺成忠を使者として遣わし、徳川方への帰順を条件として大沢氏の本領安堵を約束する誓書を与えた。基胤もその勧告を受け入れた。
永禄12年4月12日(1569年5月8日)、堀江城の北に在った堀川城に於いて徳川方の石川数正・酒井忠次、大沢方の中安兵部・権田織部泰長の4名によって、和議が成立。以後は、徳川配下として、小牧・長久手の戦いなどに従軍した。設楽原合戦には酒井忠次に従って参戦した。(Wikipediaより)

現在、堀江城跡は、は舘山寺温泉となり、遊園地浜名湖パルパルや、ホテル九重の敷地になっています。

舘山寺温泉のホテル九重

 



堀江城奥御殿の鬼瓦 弘化3年(1846)



ホテルの敷地に、人工の滝があります。

 



フロントの方の説明によると、この上の「御陣山」が城跡で、遊園地の大観覧車の辺りが本丸だったとのことです。

浜名湖パルパル

 

舘山寺温泉のバスの停留所のところに、堀江城跡の案内板があります。

 

 

 

 

 

お城・史跡 ブログランキングへ

応援のクリックお願いします。m(__)m

 

| 静岡 | 07:00 | comments(4) | - |- pookmark↑PAGE TOP
スポンサーサイト
| - | 07:00 | - | - |- pookmark↑PAGE TOP
コメント
観覧車に乗りたいです!
| シネマ大好き娘 | 2017/07/04 3:29 AM |
堀江城奥御殿の鬼瓦が残っているのですね。
しかも「井伊家ゆかりの地」として、案内板も整備されている(^^♪

今年の大河ドラマは、地域の歴史を再度検証して保存するいい機会ですね。
| めりい | 2017/07/04 9:09 AM |
天守閣の跡に観覧車、
山上にそびえていますね。

家康に敗れても、後に家来になり幕末まで
同じところを旗本として納めたのも珍しい気がします。
| ラメール | 2017/07/04 10:54 AM |
シネマ姉さん、めりいさん、ラメールさん、コメントありがとうございます!

実は、私は幼少期をこの近くで過ごしていました。
なので、この遊園地は遊び場だったのですよ。
当時は、幼かったので、その地の歴史など知らずに育ちました。
今となって知ることばかりで驚いています。
| しずか | 2017/07/04 8:40 PM |
コメントする