<< April 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

清見寺(1)今川義元の帰依を受けた清見寺

[ 静岡 ]

JUGEMテーマ:大河ドラマ

 

静岡市清水区興津地区の清見寺は、寺伝では奈良時代の創建と伝えられています。

鎌倉時代に禅寺として復興し、足利尊氏や今川義元の帰依を受けて繁栄しました。

戦国時代は、今川・徳川・武田・北條らの戦国大名が入り乱れて、清見寺に陣を敷き、城として使用されたため、甚大な戦禍を被ることもあり、一時期、清見寺は荒れ寺となりましたが、今川義元が太原雪斎に命じ、清見寺を復興させ、公家たちを招き、もてなしたといいます。

京の公家・山科言継(やましなときつぐ)は「ここからの眺めが言葉にならないほど素晴らしい」と日記に記し、この地を堪能したといいます。

太原和尚は清見寺を妙心寺派に属せしめ、清見寺の第一世となりました。

清見寺は、境内の一部が鉄道敷地として召し上げられたため、境内を東海道本線の線路が横切っているのですよ。

総門





山門



彫刻は左甚五郎の弟子の作と伝えられています。

仏殿


朝鮮通信使遺跡



江戸時代には徳川氏の庇護を受けたほか、東海道の目の前にあることから、朝鮮通信使や琉球使の接待がここで行われました。

清見寺の境内は、広島県福山市鞆町にある福禅寺、岡山県瀬戸内市牛窓町にある本蓮寺と共に朝鮮通信使遺跡として国の史跡に指定されています。

梵鐘



梵鐘は正和三年(1314)の鋳造。正和3年(1314年)高山樗牛が詩を作成。

 


大方丈


庫裏

 

 

お城・史跡 ブログランキングへ

応援のクリックお願いします。m(__)m

2017.03.02 Thursday 12:20 | comments(2) | - | 
<< 華陽院 家康の祖母・源応尼の墓 | main | 清見寺(2)徳川家康手習いの間〜名勝庭園 >>

スポンサーサイト

[ - ]
2017.04.18 Tuesday 12:20 | - | - | 
めりい (2017/03/02 2:18 PM)
清見寺は奈良時代の創建なんですか、すごい歴史がありますね。
お寺は戦の本陣に使われ、戦火に巻き込まれることも多かったので、戦国時代はさぞかし大変だったと思います。

現在は境内にJRが走っている・・
今も大変ですね((+_+))

でも風格がある立派なお寺です。
しずか (2017/03/02 2:59 PM)
めりいさん、コメントありがとうございました。

お寺も移転したり、境内を分断されたり、長い歴史の中でいろいろなことがありますね。
近年、檀家や氏子の高齢化で、寺社経営が難しくなり、廃寺になっているところが多いそうですね。