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掛川を訪ねて(4)掛川城 太鼓櫓〜御殿

[ 静岡 ]

城下に時刻を知らせる大太鼓を納めてあった太鼓櫓です。
現在の建物は、1854年の大地震の後に建てられた
もので、1955年に三の丸から移築されました。

 

掛川城には霧噴き井戸の伝説が伝わっています。

家康、武田信玄に攻められた今川氏真は、
重臣朝比奈泰朝の掛川城へ逃げ込んだ。
家康が城を落とそうと攻撃を仕掛けた際、井戸から
立ち込めた霧が城を包み、徳川軍は攻撃出来なくなった。
それ以来、掛川城は、「雲霧城」とも呼ばれるようになった。



十露盤堀(そろばんぼり)

本丸を囲む重要な堀。
水がたまった部分が、そろばんの箱のように見える
ことが十露盤堀の名称の由来と考えられています。




軒唐破風(のきからはふ)と火燈窓(かとうまど)

軒の三角形の部分を破風といい、掛川城に用いられているものは、神社建築に起源をもち、唐破風と呼ばれています。
火燈窓とは、鎌倉時代以降に禅宗寺院の建築に用いられた窓の型式をいいます。




御殿は1854年の大地震で倒壊し、安政2年(1855年)
から文久元年にかけて再建されました。
掛川城の御殿は京都の二条城と共に、御殿建築としては
全国で数箇所にしか残っていない珍しいものです。
院造という様式で畳を敷いた多くの屋が連なり、襖で
仕切られています。










(御殿の写真はmerryさん提供です)


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2006.09.12 Tuesday 00:00 | comments(5) | trackbacks(3) | 
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2017.03.28 Tuesday 00:00 | - | - | 
lameru (2006/09/12 12:27 AM)
どーんと一挙に8枚の写真アップですね。
掛川城のことがよくわかります。
霧噴き井戸は、魔法の井戸ですね。
それにそろばん堀も名前が面白いです。

明日は、どんな掛川城が紹介されるか楽しみです。
しずか (2006/09/12 12:41 AM)
ラメールさん、さっそく見ていただいて
ありがとうございます。

この井戸の話、面白いですよね。
掛川城の写真はmerryさんにいただいた
御殿の写真も加わってたくさん紹介
することができました。
御殿の前で急にカメラがトラブって
焦ったことを思い出しました。
ヤス (2006/09/12 2:36 PM)
この井戸はドラクエに出てきそうな井戸ですね。
それにしても掛川城って本当に綺麗なお城ですね。
しずか (2006/09/12 3:30 PM)
ヤスさん、こんにちは!

そうですね〜。
まだ新しいから綺麗ですよね。
ここのお城に比べると、地元のは
ショボイです。(笑)
lovespoon (2006/09/13 5:50 PM)
こちらにもこんにちは。
お城には色んな伝説や別名があって面白いですね。
軒唐破風(のきからはふ)と火燈窓(かとうまど)?
今まで気に留めたことがありませんでしたが、これからお城を見る時は気をつけて比較してみたいです。









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掛川城について−−お城の冒険
掛川城掛川城(かけがわじょう)は、静岡県掛川市にある城。1994年に天守が戦後はじめて木造で復元された。.wikilis{font-size:10px;color:#666666;}Quotation:Wikipedia- Article- History License:GFDL
| お城の冒険 | 2007/06/21 12:33 PM |