大河ドラマ「いだてん」「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」の舞台を訪ねて 

大河ドラマゆかりの地の史跡、番組の感想、関連番組を紹介しています。
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斗南藩史跡地〜斗南藩
JUGEMテーマ:八重の桜


斗南藩が、領内開拓の拠点となることを夢見て市街地を建設し、「斗南ヶ丘」と名付けた場所があります。
いかし夢ははかなく消えて今はその姿を留めていませんが、その跡地が「斗南藩史跡地」として残っています。

同じ場所に「秩父宮両殿下御成記念碑」があるので、この地図には「秩父宮両殿下御成記念碑」と書かれています。




明治3年、斗南藩はこの地に斗南ヶ丘と名付けた市街地を計画し、一戸建て約30棟と二戸建約80棟を建てました。
東西には大門があり、18ヶ所の井戸も掘られました。



市街地は、一番町から六番町までの大通りによって屋敷割され、一屋敷を100坪単位として土塀をめぐらせて区画したといいます。


旧斗南藩屋敷土塀跡


そして粟・稗・蕎麦・馬鈴薯などを植え、養蚕なども試みて農業授産を軌道にのせようとしたのですが、しかしその生産量はごくわずか。
布団もなく、炉もなく暖をとる手段もない家庭もあったといい、病死者が続出しました。



食糧難に加えて、過酷な風雪により屋敷が倒壊したり野火に遭うなどの災害もあり、しだいに藩士たちの夢も破れ、この地を去っていきました。




斗南藩史跡地の奥には「秩父宮両殿下御成記念碑」があります。



秩父宮殿下の妃・勢津子様は、斗南藩主・松平容大の姪にあたります。
 

この碑は、昭和11年に秩父宮殿下とその妃・勢津子様が下北郡下を巡遊され、斗南ヶ丘に立ち寄られたこと記念して建てられたものです。
昭和3年に秩父宮殿下と、松平節子様(のち勢津子と改名)の御婚礼は、戊辰戦争以降、朝敵という汚名に押しつぶされながら生き続けてきた会津人にとって、再び天皇家と強い絆を結ぶことができるようになった大きな出来事でした。
やはり会津は逆賊ではなかったということが天下万民に知らしめられ、さらに最果てのこの地まで両殿下に足を運んでいただいたという感激が、斗南藩が農業授産を夢見て建設した斗南の地に立つこの碑に込められています。


明治・大正を経て昭和の時代になっても、まだ会津の人は「朝敵」という汚名に苦しんでいたのですね。
それだけにこの御成婚が大変な喜びであったというのがよく分かります。



                by merry




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| 青森 | 00:00 | comments(8) | - |- pookmark↑PAGE TOP
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コメント
建売住宅みたいなものが建てられた跡も

草と木が茂って、面影があるだけですか。

やはり厳しい生活が続いたのでしょう。

| ラメール | 2013/08/05 2:42 AM |
厳しい生活は、もうできませんわ〜>_<
| シネマ大好き娘 | 2013/08/05 4:44 AM |
>食糧難に加えて、過酷な風雪により屋敷が倒壊したり野火に遭うなどの災害もあり、しだいに藩士たちの夢も破れ、この地を去っていきました.
このことは知っていましたが、ちゃんと史跡が保存されていますね。
| willytsuguoshikata | 2013/08/05 6:32 AM |
ラ・メールさん。

そうなんですね。斗南藩士のため、住宅の供給をしているのですね。

しかし現実は厳しかった・・

多くの病死者がでたというから、悲惨ですね。
| merry | 2013/08/05 9:05 AM |
シネマさん。

本当です、お気楽人生が一番です(笑)
| merry | 2013/08/05 9:07 AM |
四方さん。

>ちゃんと史跡が保存されていますね。

そうなんです。こんな風に史跡地として残っているのです。

昨夜、ドラマの紀行で紹介されました。
| merry | 2013/08/05 9:10 AM |
ドラマにぴったりな内容ですね!

この地に追いやられたことは、当時島流しに会ったのに相当するくらいのことだったのですね。
いかに自給自足の生活が大変なものであったことがわかります。
| しずか | 2013/08/05 1:46 PM |
しずかさん。
昨日のドラマにもあったのですが、斗南藩はいつか薩長と戦って、政権を取り戻そうと密かに思っていたようですね。

しかし、ここでは生きることへの戦いだったようです。

| merry | 2013/08/05 6:48 PM |
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