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源義朝ゆかりの野間を歩いて(7) 内扇に伝わる話

[ 愛知 ]

 野間の内扇という地名は「うとげ」と読むそうです。


 
1159年12月、平治の乱で敗れ、落ち延びた義朝は、大垣の杭瀬川を舟で下り、今の南知多町内海海岸にたどり着き、山伝いに4キロ先の美浜町野間内扇(うとげ)に着きました。

 そこでは、正月の餅つきの準備をしており、腹のすいた義朝一行は村人が止めるのも聞かずに、餅になるセイロのおこわを、手づかみでほうばったと伝えられています。

そのお礼として、村人に「百合草」の苗字を与えて去りました。
 
内扇では、義朝を偲んで今でも正月三が日は、モチを食べないそうです。(あいコンシェルジェより)

乱橋から内扇の集落を望む。 






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2012.09.05 Wednesday 00:00 | comments(5) | - | 
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2017.04.18 Tuesday 00:00 | - | - | 
ラメール (2012/09/05 2:44 AM)
おだやかな田舎の光景です。

その裏には、義朝惨殺と言う悲惨な出来事が

あったのですね。

あるいは、当時はもっと違った風景だったかもしれません。
しずか (2012/09/05 10:38 AM)
ラメールさん、コメントありがとうございます!

今は田園が広がっていますが、当時はこのように道が切り開かれていなかったのでしょうね。
merry (2012/09/05 11:07 AM)
内扇と書いて「うとげ」と読むのですね。

義朝様から頂いた名前「百合草」はなんて読むのかしら?
この苗字は、おしゃれな名前ですね。

現在もこの名前のご子孫がおられるのでしょうね。

しずか (2012/09/05 2:18 PM)
merryさん、コメントありがとうございます!

内扇の読み方を知るまで、「うちおおぎ」と読んでいました(^_^;)

「百合草」は、「ゆりくさ」と読むようです。
義朝が名付けたこの苗字は内扇にはたいへん多い苗字だそうです。
ひろ (2012/11/27 6:32 AM)
私はこの内扇(うとげ)に在住しております。苗字も「百合草」になりますが、この名前の由来は昨年聞き、今まで知りませんでした。世代も変わり源義朝公 が立ち寄りおこわを食べた民家は無くなり引越しされました。私の亡くなった父親も正月に餅は食べずおこわを食べてた時期が有りました。なにせ田舎で大河ドラマの影響で町が活性化すれば良いと思います…。