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幕末の史跡を訪ねて(1)中岡慎太郎寓居之跡

[ 京都 ]
JUGEMテーマ:龍馬伝-NHK大河ドラマ-

四条河原町から幕末の史跡を追って歩いてみました。

まずは、中岡慎太郎寓居之跡の石碑です。



土佐藩の陸援隊の隊長であった中岡は、

坂本龍馬と共に暗殺された。

ここが、中岡の京都での拠点であったそう。

以前は古本屋があったが、今は石碑が残されている

だけです。

「営業中」とあるのは、石碑の後方にあぶらとり紙の

」というお店があり、龍馬のあぶらとり紙なども

売られています。


  by しずか

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2010.02.02 Tuesday 22:58 | comments(2) | - | 

伏見の町を訪ねて(3) 月桂冠大倉記念館

[ 伏見 ]
  寺田屋見学後は、月桂冠の記念館へ



伏見独特の町並みです。



入館料300円を払うとすぐにワンカップのおみやけを

いただけます。



明治建築の酒蔵を利用した展示棟で、酒造りの行程を

知ることができます。


















見学後は、利き酒コーナーで、明治43年に

販売された日本酒の復刻版や吟醸酒、

プラムワインの試飲ができますよ!

  by しずか

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2010.01.17 Sunday 12:56 | comments(6) | - | 

伏見の町を訪ねて(2) 寺田屋 その弐

[ 伏見 ]
JUGEMテーマ:龍馬伝-NHK大河ドラマ-

それでは寺田屋の中に入ってみましょう。

入館料を払うと、すぐに2階に上がるように

案内されます。

まず目に飛び込んできたのが・・・



二階には龍馬の肖像画が飾られた部屋があります。







そして一階に戻ると






「新選組!」に出演した山本耕史さんと照英さんの

パネルが飾られていました。



一階の奥には












と建物にはこのような説明があったのですが

寺田屋は伏見の船宿。文久2(1862)年4月23日、薩摩藩急進派有馬新七(1825〜62)以下35名が関白九条尚忠(1798〜1871)と京都所司代の殺害を計画して集結した。薩摩藩は藩士を鎮圧に向かわせたが両者乱闘となり、有馬以下9名が死亡した(寺田屋騒動)。慶応2(1866)年正月21日坂本龍馬(1835〜67)も伏見奉行所の捕方に襲われたが、難を逃れた。寺田屋は鳥羽伏見の戦(1868年)に罹災し、焼失した。現在の建物はその後再建されたものである。
(京都観光文化情報システムより)


現存の寺田屋と当時の建物との同一性

現在寺田屋を称する建物には、事件当時の「弾痕」「刀傷」と称するものや「お龍が入っていた風呂」なるものがあり、当時そのままの建物であるかのような説明がされている。しかし、現在の寺田屋の建物は明治38年(1905年)に登記されており、特に湯殿がある部分は明治41年(1908年。お龍はその2年前に病没)に増築登記がなされているなどの点から、専門家の間では以前から再建説が強かった。複数のメディアでこの点が取り上げられ、京都市は当時の記録等を調査し、同年9月24日に幕末当時の建物は鳥羽・伏見の戦いの兵火で焼失しており、現在の京都市伏見区南浜町263番地にある建物は後の時代に当時の敷地の西隣に建てられたものであると公式に結論した。 京都市歴史資料館のウェブサイトにある「いしぶみデータベース」では2007年から「再建」と紹介していた。

大正年間に現在の寺田屋の土地・建物は幕末当時の主人である寺田家の所有ではなくなっており、のちに経営そのものも跡継ぎのなくなった寺田家から離れている。この「寺田屋」は昭和30年代に「第14代寺田屋伊助」を自称する人物が営業を始めたもので、彼自身も寺田家とはなんの関係も有していない。 (Wikipediaより)

との説明がされていました。

寺田屋も初めから再建としておけば良かったのに・・・

by しずか

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2010.01.12 Tuesday 09:38 | comments(7) | - | 

伏見の町を訪ねて(1) 寺田屋 その壱

[ 伏見 ]

  昨年12月に訪れた伏見の町です。

スタートはあの寺田屋からです。

 

以前、伏見に来た時は、休館日の月曜に当たり、

見学できなかったので、今回はリベンジです!



今年は大河ドラマの影響でさらに混み合うでしょうね。



寺田屋といえば、2008年に建て替え疑惑が浮上し、

京都市観光局が調査を開始。

京都市観光文化システムの

HPから削除したとの情報がありましたが、今は

どうなってるのかな?




開館から少し経っていただけなのに、もう行列が

できていました。

その間、庭を探索!





龍馬の銅像
























15分ぐらい待って中へ入れることに・・・

次は中の様子をお伝えします。

by しずか

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2010.01.12 Tuesday 00:00 | comments(6) | - | 

「龍馬伝」 第2回「大器晩成」

[ 高知 ]


福山龍馬、ただのイケメンだけではないぞよと
これでもかこれでもかと泥にまみれ悩みぬく
龍馬を演じました。

・土手の修復工事の采配をまかされるが、働く百姓を
 うまく采配できず、雨の中、のたうちまわって悩む龍馬。

・父に江戸行きの許可をもらって、雨のぬかるんだ道で
 土下座してお礼を言う龍馬。

19歳の悩める龍馬を雨と泥の中での演技で表して
いたのでしょう。
そして、江戸の千葉道場へ剣術修行のために旅立ち
ました。

高知j城
「功名が辻」で山内一豊が城主になった城です。
その後、山内家が幕末まで城主を務めました。



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2010.01.11 Monday 16:14 | comments(5) | - | 

龍馬伝 第一回「上士と下士」

[ 高知 ]
JUGEMテーマ:日本のTVドラマ

「龍馬伝」第1回を見ました。

坂本龍馬(土佐藩士)
生年:1836(天保7)年1月3日
没年:1867(慶応3)年12月10日(満31年没)
 


幼少のころの弱虫な龍馬。

そして、青年となり、上士と下士の身分関係などに悩む龍馬。
「上士も下士もない時代がくるぜよ・・・・いつどぎゃんしてくるか
それがわからん。
喧嘩や憎しみからは何も変わらんぜよ


乙女 「お前が探しちょる答えは、
          ここには、ないがかも」
龍馬
 「そうか・・・・土佐はこまいがか」

福山龍馬は、ちょっとイケメンすぎますが、好演でした。
イケメン龍馬が次回「大器晩成」でどんな活躍と
それに対する演技を見せてくれるのか。


龍馬誕生の地の石碑
龍馬誕生の地
















桂浜の龍馬像
桂浜の龍馬像


桂浜
桂浜



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2010.01.06 Wednesday 03:26 | comments(7) | - | 

大河ドラマブログ 新年のご挨拶

[ ドラマ ]

2010新年402 


今年の大河ドラマ「龍馬伝」は、三菱財閥
創始者の岩崎弥太郎の眼を通した
坂本龍馬を描いています。

坂本龍馬:福山雅治
岩崎弥太郎:香川照之
お龍(おりょう):真木よう子

放送開始:2010年1月3日(日)
午後8:00〜9:15


坂本龍馬は、1968年(昭和43年)に「竜馬がゆく」(司馬遼太郎原作)で
大河ドラマ化されています。
坂本竜馬:北大路欣也
おりょう:浅丘ルリ子

※前の記事にもbyしずかによる「皆様へ」の新年のご挨拶と龍馬の銅像の
写真があります。
ご覧くださいませ。


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2010.01.01 Friday 12:18 | comments(4) | - | 

皆さまへ

[ - ]
 
昨年は当ブログへの訪問&コメントありがとうございました。

今年も大河ドラマに沿って、龍馬を追っていきますので

応援よろしくお願いします。






by しずか


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2010.01.01 Friday 00:00 | comments(2) | - | 

佐和山城ウォーク(2)

[ - ]
JUGEMテーマ:天地人
 
佐和山城といえば石田三成ゆかりの城ですが、実は歴史が古く、鎌倉時代初期に佐々木氏が佐和山の麓に館を構えたのが始まりと云われているそうです。
その後近江の要衝を守る城として重視され、秀吉の時代に石田三成が入城しました。

佐和山城本丸跡です。
本丸1

本丸2

千貫井戸跡
千貫目のお金にも値する、貴重な飲み水であったそうです。
千貫井戸

関ヶ原合戦の2日後、小早川秀秋らに包囲され、留守居を守る三成の父・兄らが孤軍奮闘。
しかし圧倒的な兵力の違いの前に、むなしく落城します。
女郎谷案内

女郎谷案内2

ここから、飛び降りた??
多分死ねない。怪我をするだけだと思うけど。
女郎谷

関ヶ原合戦の後、井伊直政が藩主となってこの佐和山城に入りましたが、その3年後、城は移転して彦根城へと移ります。
そして佐和山城は、徹底的に破壊されました。

本丸の石垣は、これしか残ってないそうです。
石垣

善政をしいて、領民に慕われたという三成。
ゆえに、跡形もなく、破壊されたそうです。

裏側からみる佐和山

かれこれ3時間くらい歩いたでしょうか。
再びかもう坂通り往還を歩いて山を越え、龍潭寺方面に抜けました。
城の裏側に出てきた訳です。
ここで解散になったので、私はJR彦根駅まで歩いて帰りました。

今回の佐和山城ウォークは、城郭を調査されている専門の先生が説明してくださったので、大変勉強になりました。
またこんな企画があれば、出かけてみたいと思います。

                           by   merry

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2009.12.17 Thursday 19:50 | comments(6) | - | 

佐和山城ウォーク(1)

[ - ]
JUGEMテーマ:天地人


大河ドラマ「天地人」も11月末で終わり、もう旅に出るのも更新するのも来年〜と思ってのんびりしていたそんな時!!
「佐和山城址ウォーク開催」の新聞記事を見つけたのです。

佐和山は私の地元・滋賀県にありながら、麓まで行った事はあっても、登った事はありません。
そこで、すぐ参加を申し込みました。

そして迎えた12月5日
集合場所は中山道63番目の宿場町・鳥居本宿
JR彦根駅から近江鉄道に乗り換えます。
近江鉄道

しかし当日は雨。
駅を降りたら、空が真っ暗・・・・
石田三成の旗

にもかかわらず、この大勢の人たち。
三成人気のほどが分かります。
本陣前に人達

という訳で、まわりのパワーに後押しされて、雨にも負けず、出発です。

今回の旅は、専門の案内人がいるので、その後についていけばOK!
鳥居本宿から中山道を京都方面を向いて進み、文政10年(1828)に建てられたという、この歴史ある道標に従って右・彦根道に曲がりました。

古い道標

そして新幹線の下を通り抜けて、しばし歩いたら佐和山城の大手口に到着です。
鳥居本駅から徒歩30分くらいだったでしょうか・・
佐和山城

案内板にあった古地図と合わせて見るとよくわかると思いますが、ここが佐和山城の大手口で城の正面になります。
写真手前に土塁や内堀があり、後方正面に本丸、右手に西ノ丸がありました。
古地図
地図の真ん中に「登城道」とありますが、この道は通行止めになっているので、右側の「かもう坂通り往還」を登って、本丸を目指します。

案内板

案内標識

思ったより、案内標識もたくさんありました。

頂上を目指す途中に西ノ丸があります。
ここには3段の曲輪があり、塩櫓や硝煙櫓があったと伝えられています。
西ノ丸塩櫓

西ノ丸

そして、いよいよ頂上の本丸です。

                                 次回に続く

                                       by  merry



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2009.12.10 Thursday 16:07 | comments(5) | - | 
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