清盛塚
広島県呉市にある音戸の瀬戸は、清盛が日宋交易促進のため、永万元年(1165)に切り開いたと言われる海峡です。
海峡の両端をせき止め、水を掻きだして、船が通りやすいように大工事をしたと伝わります。
当時は、かなりの困難を極めたことでしょうね。
今ではさらに海底も深くなって、大型のタンカーやフェリーなども行き交います。

その海峡の中央に清盛塚があります。


史跡 伝清盛塚
音戸の瀬戸を切り開いたといわれる平清盛が、当時大工事をおこなう際に献じたと言われる人柱の代わりに、一字一石の経石を海底に沈め、難工事を完成させてという逸話が残されています。
清盛塚は元暦元年(1184)に建立されたと伝えられており、周囲49mの石垣に囲まれた塚の中央には、清盛公の功徳を称えた高さ2mほどの宝篋印塔があります。
境内のクロマツは、亨保4年(1719)に一度枯死して植えかえられたとされています。
平成11年(1999)には再び枯れてしまいましたが、新しい幼木が育って、現在まで「清盛松」として親しまれています。
音戸の瀬戸ドラマ館の四階から撮った写真が分かりやすいですね。
クロマツの前にある宝篋印塔が清盛塚です。
1184年といえば、清盛の死後3年ですね。
そんなに早く清盛塚が建立されたという事は、それだけ感謝されていたという証です。
またその後、小早川隆景が周囲の石垣を整備したそうで、それを記念した碑が右側の石垣中央に建っています。
さてその音戸の瀬戸を渡る日本一短い定期航路があります。
次回はその記事です。
by merry






















































